大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和47年(行ウ)118号 判決 1976年10月06日

原告 株式会社久保商店

被告 四谷税務署長

訴訟代理人 島尻寛光 鳥居康弘 ほか三名

主文

1  原告の本件訴えのうち、被告に対し金三〇〇万円及びこれに対する昭和四七年九月三日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払を求める訴えを却下する。

2  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告が原告に対して昭和四五年四月一五日付でした昭和四一年四月分、同四二年五月分、同四三年四月分及び同四四年五月分の各源泉所得税の納税告知処分及び各不納付加算税賦課決定をいずれも取り消す。

2  被告は原告に対し金三〇〇万円及びこれに対する昭和四七年九月三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

1  本案前の申立て

主文第一項と同旨の判決

2  本案の申立て

(一) 原告の請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

第二原告の請求原因

一  原告は、別表記載のとおり原告の従業員に対し、それぞれ支給金額欄記載の金員(以下「本件金員」という。)を支給したところ、被告は、右金員の支給に対し、昭和四五年四月一五日付で別表記載のとおりの各源泉所得税につき納税告知処分(以下「本件処分」という。)及び各不納付加算税賦課決定をした。

二  しかし原告は、本件金員を退職金として支給したものであるから源泉徴収すべき所得税はなく、本件処分は違法である。また、右は公権力の行使に当たる公務員である被告の違法な行為であり、これによつて原告は精神的損害等金三〇〇万円の損害を被つた。

よつて、原告は被告に対し、右各処分の取消し並びに右損害賠償金三〇〇万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和四七年九月三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三被告の答弁

一  本案前の申立ての理由

被告は、原告が求める損害賠償請求に対して被告適格を欠くものである。

二  請求原因に対する認否

請求原因一の事実は認めるが、同二の主張は争う。

三  被告の主張

1  原告は、本件金員は原告の従業員給与規定(以下「給与規定」という。)第一五条第四項(「勤務年数が会社設立後又は本人の就職後満五か年、爾後満五か年を加算した時期が到来した場合には退職金を支給する」旨の規定)に基づき退職金として支給したものであるから、右支給についてはいずれも源泉徴収すべき所得税の額はない、として処理していた。

2  しかし、所得税法上退職所得とは、本来退職しなかつたとしたならば支払われなかつたもので、退職したことに基因して一時に支払われることとなつた給与に係る所得をいうものであるところ、給与規定第一五条第四項に基づき退職金の支給を受けた別表記載の各従業員は、当該金員の支給条件とされている「就職後満五か年」を経過した後においても、従前と全く同一の勤務条件で引き続き原告の従業員として勤務しており、現実に退職した事実はない。

したがつて、原告が右各従業員に退職金名義で支給した本件金員は、所得税法上退職所得には該当せず、給与所得(同法第二八条)たる賞与(賞与の性質を有する給与を含む。以下同じ。同法第一八六条)に該当することは明らかであるから、源泉徴収義務者たる原告は本件金員の支払いに際し、所得税法第四編第二章所定の規定により所得税の源泉徴収をしなければならないものである。

3  そこで被告は、年末調整の方式で別表記載のとおり課税もれの源泉所得税額を算出し、国税通則法第三六条及び同法第六七条に基づき適法に本件処分及び不納付加算税賦課決定を行つたものである。

なお、別表のうち野中芳美、久保昌之及び阿久津キミイの三名は、年の中途で現実に退職しているため、年末調整の方式で課税もれの税額計算をすることはできず、賞与に対する源泉徴収の方法によつた。

第四被告の主張に対する原告の認否及び反論

一  被告の主張に対する認否

被告の主張のうち、1の事実及び本件金員が所得税法上の給与所得たる賞与に該当するとした場合の所得税額が別表記載のとおりとなることは認めるが、その余の主張は争う。

二  原告の反論

1  本件金員は、給与規定第一五条第四項に該当し退職した従業員に支給したものであるから退職金に該当する。すなわち、原告のような中小企業においては、従業員は常に倒産による退職金不支給の不安を抱いている。原告は従業員側の提案に基づき、従業員にとつては五年毎に五年分の退職金を獲得でき、万一倒産の場合にも損害は五年以内の退職金にとどめることができること、一方原告においては従業員が五年間は継続勤務することの確率を増加せしめ、かつ、採用申込みも増加すること等の理由から、労使間の合意により昭和四〇年一二月二三日給与規定第一五条第四項を設けたものである。同時に給与規定第一七条第二項第一号に「第一五条第四項により退職金を支給した場合は従来の在職年数は爾後の年数には算入しないものとする」と規定し、右退職金が賞与とは明らかに異なるものであることを明確にした。

そこで、原告従業員は、右給与規定にしたがい勤務年数が五年を経過した時点で退職金を受領して退職し、再び原告を選択した者は原告に再就職することとしているのである。

原告は、給与規定第一五条第四項に該当する従業員にはその一か月前に右該当の事実をあらかじめ告げるとともに再入社するか否かを確かめ、かつ、再入社の場合は右該当日における給与を支給するが、年次有給休暇は新規入社であるから初年度は六日に削滅される旨を予告するのほかは特段の手続は行わない。なお、右削滅措置により後日有給休暇明細表が書き改められるほか、退職一覧表に記入される等の内部手続が行われる。また、右該当者から所得税法第二〇三条に規定する退職所得の受給に関する申告書の提出がなされている。

そして、その選択により再就職した者は、従前と同一条件で基本給、賞与を支給するほか、その地位、職務の内容等につき特段の変動はないが、給与規定第一七条第二項第一号により従来の在職年数は爾後の在職年数には算入されないから、原告に再就職しその後退職した従業員は、給与規定第一六条により退職時の基本給に給与規定第一五条第四項該当日から右退職日までの勤務年数(年未満は切り捨て)を乗じて退職金の支給を受けており、当初の入社時からの勤務年数は通算又は加算していない。

2  時代の推移につれて退職金制度もその変遷を見るに至つており、雇用関係を断つこととなつた事実がないにもかかわらず、一定の事実を契機として退職金を打切り支給することがしばしば行われ、税務においても所要の条件に該当する打切り支給については、これを退職給与として取扱うことを余儀なくされている。すなわち、昭和四九年九月国税庁改通達九-二-二四によれば、退職金を打切り支給した場合において、その支給をしたことにつき相当の理由があり、かつ、その後は既往の在職年数を加味しないこととしているときは、それを退職給与として取り扱う旨定めている。本件金員も退職金の打ち切り支給であるから、右通達の要旨からみて、本件金員は退職金に該当する。

3  原告従業員の退職金について被告主張のように課税すると、原告従業員は退職所得の特別控除の特典を受ける機会を失うから不合理である。

4  給与規定第一五条第四項は、租税負担を不当に回避し又は軽減することを意図して設定したものではなく、かつ、右条項の新設には社会経済的な合理的必要性が存したのであり、本件金員は労使間の契約に基づき労使共に退職金という認識の下に授受してきたのであるから、これを所得税法上の退職所得に当たらないとして否認することは、否認権の濫用である。

第五原告の反論に対する被告の認否及び再反論

一  原告の反論に対する認否

原告の反論1のうち給与規定が原告主張のとおり改訂されたこと及び退職金の受給者は、従来の在職年数は爾後の在職年数に算入されないほか、地位、職務内容につき変動のないことは認めるが、その余は知らない。

二  被告の再反論

1  原告が給与規定第一五条第四項の規定を設けたのは、原告と従業員との雇用契約の終了を意図したものではなく、会社の業態悪化等による退職手当等の不支給の危険を回避するためであることが明らかであり、本件金員は、原告従業員の退職により支給されたものとはいえないから退職所得に該当しない。

すなわち、原告が本件金員を支給する基因として従業員の退職という事実を不要としていたことは、給与規定第一五条第四項が退職した場合を規定する第二項のほかに規定されていること、第四項の文言自体において「爾後満五か年」が到来した場合と規定し退職することを予定していないこと、また、給与規定第一七条第二項第二号が「第一五条第四項の場合は第一六条に規定する中小企業退職金共済制度による退職金は支給せず、爾後に継続する」旨規定していることから明らかである。

したがつて、給与規定第一五条第四項該当の事実を退職であるとするのは観念的な擬制にすぎない。右条項に該当しても原告と従業員との雇用関係は断たれず、従業員の地位、職務内容については従来と変動がないから、所得税法上の退職には当たらない。

2  退職所得の範囲は従前から一定しており、近年広く解されてきたということはない。

法人税法基本通達(昭和四四年五月一日直審(法)二五国税庁官通達)九-二-二四の規定は、法人税の取扱いについての規定であり、また、昭和四九年九月三〇日直法二-七一による改正は新しく発生した事例を念のため退職給与の例示として加えたにすぎず、損金となる退職給与の範囲を拡大したものではない。

税務実務上、退職の事実がなく引き続き勤務する者に一時に支給される給与は、たとえその名目が退職金等とされていても、原則としてその給与は所得税法上の退職所得に該当せず給与所得として取り扱われるが、所得税基本通達(昭和四五年七月一日直審(所)三〇国税庁長官通達)三〇-二の規定に該当する場合に限つて、引き続き勤務する者に対し支払われたものであつても、例外としてその給与に係る所得は所得税の計算上退職所得として取り扱われている。

しかし、本件におけるように引き続き勤務する者に対し勤務年数五年経過ごとに一時に支給された給与は、たとえ名義が退職金であつても右通達三〇-二に規定する場合に該当せず、税務の取扱い上は、本件給与に係る所得を退職所得とすることはできない。

3  退職所得に対する課税について、特別に租税負担の軽減の方途が講じられているのは、退職金制度が我が国において生涯雇用と年功序列賃金の制度を基礎として形成されてきたものであつて、その支払が退職を機会に一時に支給される点や、その性格が老後の生活保障的な色彩を有すること等による担税力の弱さ等を考慮したものである。

退職時に支給する退職手当等に代えて勤務年数五年ごとに支給するという本件金員の特性にかんがみると、通常収入の道を失うことになる退職という社会的事実を契機として退職後の生活資金として支給される本来的な意味での退職金とは全く性質を異にし、結局、本件金員の支給は、実質的には退職金制度を有しない企業において五年ごとに勤続功労金を支給するに等しい。

換言すれば、原告は五年ごとに区切つて一定の従業員に退職金名義で賞与を支給するに等しいものであつて、このような性質の給与は、給与所得と同じ担税力を有するというべきであり、退職所得として租税負担を軽減する合理性は存しない。

したがつて退職所得に当たらない金員を従業員に支払つたからといつて退職所得控除額の控除を受けられないことは当然であつて、その結果退職時に一時に退職給与を支払う場合に比べて右の控除を受けられる合計金額が少額になつてもやむをえない。

4  租税回避行為とは、異常な取引形式を選択することによつて通常の取引形式を選択した場合と同一の経済的成果を達成しながら租税負担を免がれあるいは軽減する行為をいうのであつて、その行為計算の否認とは、租税法に内在する租税負担の公平の条理から課税庁がその納税者の選択した異常な取引形式の私法的な効力には関与せず、税務計算上その行為計算によらず、通常あるべき取引形式に基づく合理的な行為計算に引き直して課税することをいうのである。

被告は、本件処分をするについて、原告と従業員との間の勤務年数五年ごとの退職金支給を異常な行為と認定して右の行為計算を否認したものではなく、原告が支給した退職金名義の金員がその支給した事実関係及び所得税法上の関係規定からみて、退職所得に該当せず給与所得(賞与)に該当すると認定したうえ本件処分をしたものである。

第六被告の再反論1に対する原告の主張

原告としては、当初より退職金の支給には退職の事実を前提としていたものである。すなわち、給与規定第一五条第四項は「勤務年数が会社設立後又は本人の就職後満五か年、爾後満5か年加算した時期が到来し『退職』した場合」とすべきところ、起草者が不なれのために「退職」の二字を脱落していただけのことである。

また、給与規定第一七条第二項第二号は、起草者の誤解に端を発したことから誤つた規定となつたものである。すなわち、原告は契約により一人当たり月額一〇〇〇円の掛金を払い込むが、退職金は原告が支給するものではなく、本人の請求により共済事業団が支払うものであり、原告には受領権もなく掛金の払込み以外は全て埓外におかれている。

しかるに起草者はかかる事実関係を誤解しあたかも原告が支給するかの如く錯覚したために誤つた規定となつたものであり、右錯誤に根ざした規定を根拠とする被告の主張は失当である。

第七証拠関係<省略>

理由

一  被告は行政庁であつて、権利義務の主体となり得ないから、本件訴えのうち、被告に対し金三〇〇万円及びこれに対する昭和四七年九月三日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払を求める訴えについて被告適格を有しない。よつて、右訴えは不適法として却下を免れない。

二  請求原因一の事実(ただし、別表の昭和四二年五月六日の支給金額の計及び支給金額の合計は、それぞれ六二四、五七五円及び二、六九四、八七五円の誤記と認められる。)、被告の主張1の事実及び本件金員が所得税法上の給与所得たる賞与に該当するとした場合の所得税額が別表記載のとおりとなることは、当事者間に争いがない。

三  そこで、本件金員が所得税法上の給与所得たる賞与に該当するかどうかについて判断する。

所得税法上、退職所得とは、退職という事実に基因し一時に受ける給与及びこれらの性質を有する給与に係る所得をいい、それは退職給与規定に基づいて支給されるものであるかどうか、また、支給名義のいかんを問わないものと解すべきである。

1  原告は、本件金員は給与規定第一五条第四項の規定に該当し退職した従業員に支給したものであるから退職金であると主張するので、まずこの点について判断する。

昭和四〇年一二月二三日に原告の給与規定が改訂され、第一五条第四項に「勤務年数が会社設立後又は本人の就職後満五か年、爾後満五か年を加算した時期が到来した場合には退職金を支給する」旨の、第一七条第二項第一号に「第一五条第四項により退職金を支給した場合は従来の在職年数は爾後の年数には算入しないものとする」旨の各規定が設けられたことは、当事者間に争いがなく、<証拠省略>によれば、原告会社においては従業員側から倒産による退職金不支給の不安を解消するため数か年毎に退職金を支払つてほしいとの要望が出され、右各規定の改訂が行われたこと、その際給与規定第一七条第二項第二号には「第一五条第四項の場合は第一六条に規定する中小企業退職金共済制度による退職金は支給せず爾後に継続する」旨の規定が設けられたこと、昭和四二年八月改定後の給与規定にもそれぞれ同旨の規定があり、一方同時に改訂した後の就業規則第一七条によれば、従業員の身分喪失事由としては「一 死亡した時、二 退職を願い出て許可された時、三 停年に達した時、四 解雇された時」が掲げられているにすぎないこと、就業規則第九条に雇用期間は雇用の日より満五年とし、………再雇用を妨げない」旨の規定が設けられたのは、昭和四六年に至つてからであることが認められる。

右事実によつてみれば、原告が給与規定第一五条第四項の規定を設けたのは、会社の倒産による退職金不支給に対する従業員の不安を解消するためであるが、同項の規定は、退職金名義の金員の支給を勤務年数が会社設立後又は本人の就職後満五か年に達した時期若しくは爾後満五か年を加算した時期の到来にかからしめているだけであつて、右規定自体からも、また前記就業規則第一七条や給与規定第一七条第二項第二号と併せ考えても、原告が右の満五か年目ごとに従業員の身分の喪失を予定していたとは解することができない。したがつて、給与規定第一五条第四項は、「退職」の事実に基因して金員を支給するものではないというべきである。

これに対し、原告は、右給与規定第一五条第四項は起草者の不なれのため「退職」の二字が脱落したもの、同規定第一七条第二項第二号も起草者の誤解に基づくものであると主張するけれども、右事実を認めるに足る証拠はない。また、同規定第一七条第二項第二号は、その文言からして、第一五条第四項の場合には引き続き該当者に係る共済契約を継続していくことを意図していたことは明らかであるのみならず、原告代表者尋問の結果によれば、就職後満一年を経過した従業員に対しては中小企業退職金共済制度の掛金に見合う一〇〇〇円を給料として支給することとし、これを原告において中小企業退職金共済事業団に払い込む旨の給与規定の定めにもかかわらず、満五年を経過し、原告のいわゆる再雇用をした者については、その初年度においても原告は右掛金を払い込んでいることが認められる。

また、原告代表者は従業員は五年目ごとに退職し、再雇用を希望する人についてのみ採用の手続を採る旨供述するけれども、同じく原告代表者尋問の結果によれば、満五年の該当時に原告のいわゆる再雇用をしなかつた者はいないのみならず、昭和四五年以前はその機会に退職届又は退職願も提出されず、また新規採用者のように就業規則所定の、履歴書や身元保証書等の提出も求めることもなかつたことが認められ、給与規定第一五条第四項により金員が支給された従業員の地位、職務の内容等については、同規定第一七条第二項第一号により従来の在職年数を爾後の年数に算入しないとする外は、特段の変動がないこと、かつ、再入社の場合には従前と同一条件で基本給、賞与を支給することは原告の自認するところであり、右基本給、賞与は、<証拠省略>により認められる給与規定第四条に規定する新規採用者の扱いとは異なることが認められる。

もつとも、原告代表者尋問の結果によれば、原告のいわゆる再雇用者については、新たに労働基準法第一〇七条所定の労働者名簿に記入がされること、また右の者の年次有給休暇は入社初年度として六日とされるというのであるが、前者はたんに形式的な書類上の措置にとどまるし、後者については、たとえそのような取扱いがされていたとしても、<証拠省略>によれば、新規採用者であるならば、就業規則上は初年度は年次有給休暇は与えられない筈である(就業規則第三〇条)ことが認められ、いずれも退職、再雇用を裏付ける事実とはいえない。その他原告が給与規定第一五条第四項に該当する者をいつたん退職させ、再雇用していたものと認めるに足る証拠はない。

そうすると、同項に基づき支給する金員は、いずれにせよ退職の事実に基因するものではなく、実質的には満五年目ごとに従業員に対し退職金名義で五年間の勤務に対する功労金を支給するに等しいものであるから、臨時的に支給される給与、すなわち賞与に該当するというべきである。

2  原告は仮に雇用関係を断つこととなつた事実がないとしても、一定の事実を契機として退職金を打切り支給することがしばしば行われ、税務においても所要の条件に該当する打切り支給については、これを退職給与として取扱つている(昭和四九年九月国税庁改通達九ー二ー二四)から本件金員も退職金と認定して妨げないと主張する。

<証拠省略>によれば、原告の指摘する通達は法人税に関するものであつて、(法人税基本通達(昭和四四年直審(法)二五)九ー二ー二四の昭和四九年直法二ー七一による改正規定)所得税に関しては同趣旨の定めが所得税基本通達(昭和四五年直審(所)三〇)三〇ー二(1)にあることが認められ、右は使用者が退職金に関する制度を根本的に改め、その時点においていつたん旧制度による退職金を計算し、これを打ち切り支給した場合に、それを退職金の性質を有する給与と認めるべきものとしたものと考えられる。これに対し、給与規定第一五条第四項により支給される金員は、退職金に関する制度の改変に伴うものではなく、あらかじめ給与規定の定めるところにより定期的反復的に支給されるものであることからすれば、むしろ一定期間の勤務に対する功労金に等しいものであること前示のとおりであり、右通達(1)の給与とはいちじるしくその趣旨を異にするものであることが明らかであるから、これを退職金の性質を有する給与ということはできない。したがつて、原告の右主張は理由がない。

3  原告は、本件金員について被告主張のように課税すると、原告の従業員は退職所得の特別控除の特典を受ける機会がなくなり不合理であると主張するが、本件金員が所得税法上の退職所得に該当しない以上、その受給者が退職所得控除額の控除等を受けられないことは当然であつて、原告の右主張も理由がない。

四  原告は、給与規定第一五条第四項該当による退職金の支給は、租税負担を不当に回避軽減することを意図してなされたものではなく、右条項の新設には社会経済的な合理的必要性が存したのであるから、右退職金を所得税法上の退職所得に当たらないとして否認することは、否認権の濫用であると主張する。

しかしながら、本件処分は、本件金員の支給を租税回避行為として否認してなしたものではなく、右金員が退職所得には該当せず、給与所得に該当すると認定していたものであることは、被告の主張自体から明らかである。よつて、原告の右主張も失当である。

五  以上のとおり本件処分には何ら違法はなく、これを前提とする各不納付加算税賦課決定にも違法はない。

よつて、本件訴えのうち、被告に対し金三〇〇万円及びこれに対する昭和四七年九月三日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払を求める訴えはこれを却下し、原告のその余の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 三好達 時岡泰 成瀬正己)

別表<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例